この池の祠を午前2時に時計と逆回りに3回回ると帰り道に「カツン、カツン、カツン・・・」と牛の蹄の音が聞こえてきて振り返ると頭は女、体は牛の件(くだん)と思われる妖怪が追っかけてくるそうです。
屠畜場には以前から座敷牢があり、中には牛頭の娘が閉じ込められていると伝えられていてた事から焼け跡から牛女が現れたという。その事件は地元の新聞に掲載され、牛女の存在が知られるようになったと言われている。
牛女の噂は昭和50年半ごろに週刊誌に掲載された事により、心霊スポットとしての噂が県外にも知られるようになった。そして「牛女伝説」が囁かれるようになり多くの人が深夜に訪れるようになったという。
3年ほど深夜の訪問者が多く訪れ、眠れない日々が続き困った住職は「牛女は残念ながら引っ越しました」という看板を設置したところ、訪問者が少なくなり静かなお寺に戻ったという。
しかし、1999年(平成11年)夏に再びテレビで取り上げられたことにより訪問者が増えたようだ。
牛女の発祥は19世紀半ごろから日本各地で知られるようになった件(くだん)という妖怪から来ているのではないかと言われている。「人」+「牛」=件
その姿は、牛の体と人間の顔の怪物という説や、第二次世界大戦ごろから人間の体と牛の頭部を持つとする説も現れた。
第二次世界大戦
1939年(昭和14年)9月1日~1945年(昭和20年)8月15日(または9月2日)
連合国・枢軸国および中立国の軍人・民間人の被害者数の総計は5000万〜8000万人とされる。8500万人とする統計もある。当時の世界の人口の2.5%以上が被害者となった。
民間人の被害者数:3800万〜5500万(飢饉病気によるものは1300万〜2000万)。軍人の被害者数:2200万〜2500万(捕虜としての死者数も含む)。
兵庫県西宮市鷲林寺町4−8
