ここは深夜に肝試しなどに訪れるような場所では無く、その昔から怪奇現象が起きている「童女石」を拝見できる場所となっている。
1967年(昭和42年)に100人以上の死者を出した「羽越豪雨」の供養として設置された越後胎内観音で、すぐ近くに「帰林殿」という建物があり、そこには1971年(昭和46年)、観音を参拝しにきていた「市川脩次」さんが持ち帰ったある石の「童女石」というのが奉納されている。
その石にははっきりと少女の顔が浮かびがっており水害で亡くなった少女の念だと感じた「市川脩次」さんはそれをこの地に持ち帰り納めたと言われている。
この「童女石」は月日が過ぎるにつれ、顔が徐々に変形しているのだという。
新潟県胎内市下赤谷387−1
童女のあの世での幸せを祈ってください。
確かに今は、白い顔の部分が薄れてきています。
だけどむかしはいろいろあり、インチキ霊媒師が、石の中に白い顔の部分以外に、ここにあるここにもあると言って、その絵を童女石の脇に立て掛けていたものです。
なんの怪奇現象も起きません!