心霊スポットとしても知られており、2階の岩窓からのぞく人影の霊や、女性の霊が出ると言われている。
このあたり一帯は「武蔵松山城」があった古戦場でもある事から戦で亡くなった霊がいまだに迷っているのではないかとも囁かれている。
岩窟ホテルの基本情報
1904年(明治37年)に高橋峰吉と(たかはし みねきち)いう農夫の人物がノミ一本で岩山を掘り進めて作り上げた洋風の洞窟住宅で、当時周りの住民が不思議がり「何をしているんだ?」と聞くと「岩窟掘ってる!」と言われ、「ガンクツクツホッテル」→「岩窟ほってる」→「岩窟ホテル」と呼ばれるようになった。
正式名称は「巌窟ホテル・高壮館」だが、実際にホテルとして利用された事は無く観光名所になっている。
1912年(大正元年)ごろには多数の見物人が訪れ、整理券を発行するほどの盛況ぶりだった。
1926年(昭和元年)ごろから息子の奏次が作業を引き継ぎ1964年(昭和39年)ごろまで続けられた。
第二次世界大戦後は再び観光名所となるが、1982年(昭和57年)と1987年(昭和62年)の2度の台風被害による崩落によって閉鎖を余儀なくされた。
1987年(昭和62年)に管理をしていた奏次も亡くなり現在に至る。安全上の問題から内部には立ち入れなくなっている。
埼玉県比企郡吉見町北吉見305−1
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正確には「岩窟ホテル」ではなく、「岩窟掘ってる」がいつの間にか
岩窟ホテルになってしまったもので、心霊現象が作り出されいつの間にか
尾ひれがつき広まったものです。