高島平団地

1970年代に投身自殺に訪れる人が多く、特に1977年4月に父子3人が投身自殺をしてからマスメディアから「自殺の名所」とも言われるようになった。

その数は1980年(昭和55年)には死者が133人に達し、社会問題になり、2000年代に入っても自殺や自殺未遂が度々起きている

高島平団地での自殺や事件

1980年(昭和55年)だけでも1月から7月14日までの期間に飛び降り自殺した者が19名いた事が7月24日付の新聞に載っている。

1981年(昭和56年)に高層団地の3階以上の廊下や非常階段などの共用部分に花や鳥を模したフェンスを張り、屋上を侵入禁止にするなどの対策がとられた。

その結果、団地内での投身自殺は激減し、ほとんどなくなったが、皮肉にも自殺防止の目的で設置したフェンスや階段の手摺りに紐やベルトを巻き、首吊り自殺を行うようになった。

高島平の団地は、2011年(平成23年)現在においても3階以上の廊下や階段などには原則としてフェンスが設置されている。また、ここでは孤独死、撲殺、焼身自殺、暴力団抗争殺人なども起きている。

父子3人が投身自殺

1977年(昭和52年)4月

自殺者が133人に達する。

1980年(昭和55年)

老夫婦が首吊り自殺

2004年(平成16年)03月26日
都営団地の404号室に住む一組の年金暮らしの老夫婦が風呂場の水道管にロープかけて首吊り自殺した遺体が発見された。

異臭を感じた住民が警察に通報した事により発見に至った。遺体はすでに死後3週間が経過しており住民が感じた異臭は遺体の腐敗臭だった。

暴力団抗争殺害事件

2004年(平成16年)06月14日
午前0時10分ごろ、東京都板橋区高島平2の高島平団地の住人から、「発砲音がした」と110番通報があった。

警視庁高島平署員が現場に駆け付けたところ、敷地内の路上に、ポロシャツにズボン姿の職業不詳で、指定暴力団の元幹部46歳が顔や首から血を流して倒れていた

首の後ろなどを拳銃で撃たれており、病院に運ばれたが間もなく死亡が確認された。

女子高生2人が自殺図り1人死亡

2007年(平成19年)03月06日
0時20分ごろ、東京都板橋区高島平3丁目の高島平団地5号棟12階の階段踊り場で、少女1人がロープで首を吊り、もう1人の少女がそばにあおむけで倒れているのを、行方を捜していた両親が発見した。

首を吊っていたのは、同区内に住む私立高2年生(17)で既に死亡していた。倒れていた横浜市の同級生(17)は、病院に運ばれ、意識を回復した。

警視庁高島平署によると、2人は、屋上の給水塔に上がる手すりに、ロープを並べるように掛けて首を吊ったとみられ、うち1本は踊り場に落ちていた。死亡した生徒のカバンの中に家族あての遺書があったことから、同署は、2人が自殺を図ったとみている。

東京都板橋区高島平

1 thoughts on “高島平団地

  1. 鈴木裕子

    高島平駅と、新高島平駅の間、南へ300mぐらい
    高島平3丁目11番地1号棟、14階建て、
    フェンスの高さ約80cm、この棟だけには、自殺防止用のフェンスが設置されてない。
    EVで、14階へいって、その現場を覗いてきた。

    返信

コメントをどうぞ

体験談や聞いた話、噂、感想、、写真、追加情報などお気軽にコメントを残してください。
*誹謗中傷など、誰かが見て不愉快になる内容は削除致します。