周辺では、男性の霊や人影が現れるという心霊現象や、老婆の霊が出るとの噂もあるようだ。
上田原古戦場の碑がある小さな丘で合戦で侍が追い詰められて殺され、斬り殺された遺体が山積みにされた場所だと言われている。
近くの小学校では放送機器が使われていないのに構内のスピーカーから人の声が聞こえてきたり、トイレの花子さんを呼び出した時に風も吹いてないのに勝手にトイレの扉が開くという怪奇現象が起きたという。
上田原古戦場
1548年(天文17年)2月、諏訪から大軍を率いて大門峠を越え小県郡に攻め込んだ。東信濃の勇将・村上義清は葛尾城(かつらおじょう・坂城町)を出陣し、両軍は千曲川に接する上田原で激突した。
「上田原の戦い」と呼ばれるこの合戦は、村上、武田両軍合わせて戦死者は約4千人あるいは6千人ともいわれ、武田軍の板垣信方(いたがきのぶかた)、甘利虎泰(あまりとらやす)ら重臣が討ち死に、晴信も傷を負った。
長野県上田市上田原