松江城築城の際に、本丸東側の石垣がガラガラと大きな音を立てて崩れてしまう石垣があった。築城主である堀尾吉晴は霊験あらたかな宮司を招き、敷地内を調べてもらった。
すると石垣の下から錆びた槍の穂先と、それに貫かれた髑髏が出土したという。他にも石垣に積み上げても積み上げてもどうしてもうまくいかない部分があったため、人柱を立てることとなった。
盆踊りの時期であったため、城下で盆踊り大会が催され、その中で一番美しく踊りのうまい娘が攫われ生きたまま人柱にされた。
その石垣は無事に積み上げることができたが、城下で盆踊りが行われると天守が大きく揺れ動き、御城下に災いがあるとされ、いまでも松江城近くでは盆踊りは行われていないという。
ギリギリ井戸の名前の由来
出土した穴からは澄んだ水が豊富に湧き出し、ギリギリ井戸と呼ばれていた「ギリギリ」とは、頭のつむじを指す言葉。
島根県松江市殿町
参考:逸話|松江城のみどころ