兵隊の幽霊が出ると言われています。この事から、誰も居ない隧道内から兵隊と思われる人の声が聞こえて来る、車で通過すると窓の外に車と並走するように無表情で血の気のない青白い人影が写し出される、夜間や早朝に坑口から数十メートル入ったあたりに、古びた軍服姿の兵隊が直立しているが車で通りすぎ振り返ると消えているというのも有るようです。
隧道内で耳を澄ますと「ザッ、ザッ」という軍靴の足音が聞こえて来る、人によっては「兵隊が行軍している音」に聞こえるそうです。
トンネル内を走行中にエンジントラブルが起きる、ライトが消える、車体に手形がつくといった怪現象が語られる事も有るそうです。
トンネル内に女性の幽霊が出るとの噂も有ります。これは記録徳島県内の峠や史跡を紹介する個人ブログに、府能隧道の内部で、壁際に後ろ向きで直立する女性らしき人を見たという記述から噂されるようになった可能性が有ります。
女性の霊という話に加え、兵隊の霊や人の声、車の異常など、さまざまな怪異が紹介されています。ただし、これらがいつ、誰によって最初に語られたのかは分かっていません。
大正期の手掘り工事は過酷で、事故や病死の可能性が指摘されることがありますが、具体的な犠牲者の記録は確認できませんでした。狭い一車線道・湿気・反響音・圧迫感が、心理的な恐怖や錯覚を増幅しやすい環境である、という指摘もよくあります。
「兵隊の幽霊が出る」という噂はどこから?
2012年8月2日
2ちゃんねる系掲示板の書き込み「恐怖ハロー注意報」に転載された掲示板ログに、次のやり取りが残っています。
「神山~佐那河内の旧道のトンネルが微妙に怖い……」
これに対して、別の投稿者が「そこ兵隊の幽霊でるって聞いた」と書いています。府能隧道とみられるトンネルについて、兵隊の幽霊の噂が語られています。
府能隧道は明治から大正時代にかけて掘削・開通した非常に古いトンネルです。この時代は日本が日清・日露戦争から太平洋戦争へと向かう戦乱の時代にあたります。
当時の地方の交通インフラ建設(山道の開削や隧道工事)には、地域の青年団や出征前の若者、あるいは兵卒・労務者が動員されたケースが多くありました。
こうした歴史的イメージから「戦時中や明治・大正の兵士・軍人にまつわる場所ではないか」「戦時中に兵士や徴用された人々が掘らされたのではないか」「工事で犠牲者が出たのではないか」といった後付けの解釈が生まれたようです。
(旧)府能嶺隧道の基本情報
徳島県名東郡佐那河内村と名西郡神山町を結ぶ、旧国道438号のトンネルで1907年(明治40年)頃に着工し県・郡の補助を得て1917年(大正6年)頃から本格着工し、1923年(大正12年)に開通しました。
当時の技術的限界の中で苦難を極めた工事であったと伝えられています(工事事故による犠牲者の噂などが後付けで語られる要因になっています)。
2007年(平成19年)12月26日に新しい「新府能トンネル」が開通したことで、旧道および旧府能隧道は主要な交通ルートから外れました。メンテナンスが行き届かなくなり、街灯も少なく暗闇に包まれるようになったことで、典型的な「廃トンネル・怪談スポット」として認知されるようになりました。
現在も農業用の軽トラックなどが行き来する生活道路として機能しており、「現役の隧道」として評価されています。車一台分の狭い幅で薄暗く、不思議な雰囲気があるスポットとして、佐那河内村の公式サイトでも紹介されています。近くには村を一望できる見晴らしの良い場所もあります。
地図では「(旧)府能嶺隧道」となっているが「府能トンネル」「府能隧道」「旧府能隧道」と紹介されることが有る。
(旧)府能嶺隧道の歴史
2017年(平成29年)「土木学会選奨土木遺産」に選ばれており、側壁の花崗岩積みやアーチ部の煉瓦など、丁寧な意匠が残っています
1987年(昭和62年)に防水シート整備。内部は補修されていますが、外観の特徴はよく残っています。
1984年(昭和59年)にライナープレート整備
1923年(大正12年)竣工(一部では1922年(大正11年)竣工)、延長:延長約179.8m(または178.2m)、幅員:3.7m、高さ4.2m
1921年(大正10年)6月1日頃起工
徳島県名東郡佐那河内村
参考

最近ずっと四国ばっかっすねー