七北田刑場跡(仙台藩刑場跡)・八乙女駅前交差点

付近では誰かに見られているような感覚に襲われたり、誰か居ると思い振り返っても誰も居ないという事が有るそうだ。

1945年(昭和20年)ごろに市営地下鉄南北線の「八乙女駅」の前にある「八乙女駅前交差点」で交通事故が多発したことがあった。仙台市が調査したところ、この辺りが処刑場の跡地だったことがわかり、当時は冤罪なのに獄門(さらし首)などがありになった者の多く、その生首を並べていたそだ。

こういった処刑者の怨念を鎮めるために慰霊碑を建てたが、なぜか土を掘り返しても人骨が見つかる事は無かったという。

また、当時に交通事故で亡くなった人を供養する為に「交通事故死没者慰霊塔」も建立した。

七北田刑場跡(仙台藩刑場跡)の基本情報

仙台藩の刑場は、先に仙台琵琶首(現在の花壇)にありましたが、周囲から嫌われ1666年(寛文6年)に米ケ袋に移り、元1690年(禄3年)には郊外の七北田へ移されました。

以降178年間続き、約7,000人もの罪人が処刑されたと伝えられています。

八乙女駅前交差点

旧仙台藩刑場跡(七北田刑場跡)

宮城県仙台市泉区七北田杉ノ田

参考資料:仙台市公式ホームページ「仙台藩刑場跡」

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