昭和30年代後半〜40年代、国道41号線の拡張工事が計画され、このクスノキは伐採される予定でした。 しかし、いざ伐採しようとすると、関わろうとした工事関係者が原因不明の高熱を出したり、斧を振るった人が事故に遭った、関係者が急死したなどの不幸が起きた。
これらの出来事から「この木を切ると祟りがある」「ご神木だから切ってはいけない」という噂が広まり、誰も手を出せなくなってしまいました。
また、車が運転を誤ってこの楠木に突っ込んだが折れることも枯れることもなく不思議と生き残ったという話がや、昔は処刑場が有りさらし首場だったという噂も有るようだ。
祟りの噂に加え、地元住民からも「地域のシンボルである木を残してほしい」という強い保存運動が起きました。 最終的に、当時の名古屋市長(杉戸清氏)が現地を視察し、「切るには惜しい名木だ」と住民たち反対運動が起こりそのまま残されることになったという事もあり地元の人々から愛されている楠木でもあある。
木を残したまま、道路の方を避けて通すという異例の設計変更が行われ、現在のように中央分離帯に残される形となりました。
この場所の上には「名古屋高速」が走っていますが、この建設時にもクスノキへの配慮がなされたと言われています。 通常、高架道路は橋脚を立てる必要がありますが、このクスノキを傷つけないよう、また日当たりを確保するために、上り線と下り線のルートを微妙にずらしたり、高さを調整したりして設計されたという逸話が残っています。
木の根元には祠があり、地蔵菩薩や龍神(白蛇が住むという伝説がある)が祀られています。今でも地元の人々によって大切に手入れされており、しめ縄が飾られています。
愛知県名古屋市東区橦木町2丁目6−1

ここは普通に地元の方が御神木を移動させたくないと市に掛け合い、そのままの場所に残す事になっただけで、今でも地元の方がお花や御神酒をお供えして大切にされています。
道のど真ん中に残った事から「この木を切ると祟りが」とか、お花がお供えされる事から「昔は処刑場だった」等と噂が立つようになりましたが、残念ながら心霊スポットの心の字もない場所です。
ここは心霊スポットでは無く単純に御神木の類です。木を切ろうとするとケガするみたいですが作業員の腕が悪いだけだと思います。
このあたりは、尾張藩支配のころの地図が多数残っています。蓬左文庫などに行かれれぱ明らかです。それをみられれば、そのあたりは武家屋敷が続き、処刑場などなかったことは明らかです。
流言飛語に迷わされないでください。