タコ部屋労働の心霊スポット5 件掲載

タコ部屋労働で使役された労働者をタコと呼び、タコを監禁した部屋をタコ部屋(または監獄部屋)と呼ぶ。タコ部屋はタコ部屋労働環境そのものを意味することもあった。

類似した状況は九州の炭田地帯にも見られ、納屋制度と呼ばれていた。強制労働の一種であり、現代の日本では労働基準法第5条によりタコ部屋労働は禁止されている。

朝早くから夜遅くまで、ひたすら肉体労働を強いる工事現場が主体であった。約180kgのもっこを二人で担ぐなどの重労働が1日15時間以上も要求され、それが連日休みなく続く。

食事は立ったままとらされ、施錠されるため外出は不可能だった。北海道は冬期間は厳寒な気候によって工事ができなくなる事もあり3〜6か月の契約である場合がほとんどであったが、体罰を伴う重労働に加え、不衛生な環境と粗末な食事(特に副食が不足)により、健康を損なって脚気などの病気になる者が多かった。

また、捕らえられた脱走者は見せしめとして、縛り上げられて棒で殴られたり、裸で戸外に放置して、蚊やアブに襲わせるなどの凄惨なリンチを受けた。

こうして多くの命が失われ、その遺体は単に遺棄されることが多かった。タコ部屋自体が山中の人跡未踏の地にあることが多く、運良く脱走に成功しても、山中で遭難等で命を落とすことは少なくなかったようである。

あまりのひどい虐待に、官憲の見回り時を狙って目の前で殺人未遂などを引き起こし、自ら刑務所へ連行するよう訴える者すら現れる有様であったとも言われていた。


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  • 狩勝隧道(狩勝トンネル)

    硬い岩盤と湧水に阻まれる難工事で硬い岩盤と湧水に阻まれる難工事で「枕木の数ほどの犠牲者が出た」といわれ、タコ部屋労働人柱の話も伝わる。

    死んでいった労働者の霊がいまだに彷徨っているのだろうか。

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  • 手稲鉱山跡

    タコ部屋労働で知られ過酷な労働だが、逃亡した者は残酷な集団的な暴力的制裁が待ち受けている事から自ら人柱を志願する人もいたとい言われている。

    リンチや人柱となって死んでいった労働者の亡霊が彷徨っていると言われている事から心霊スポットとしても知られている。

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  • 越川橋梁(第一幾品川橋梁)

    太平洋戦争の時に物資に困り、少しでも量を増やそうとコンクリートに遺体も入れたと言われてる。
    今でも人骨が埋まっておりを見たという人や心霊現象があると言われている。

    そんな噂から、解体する業者も見つからないまま1998年(平成10年)に登録有形文化財に登録された。

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  • 常紋トンネル

    常磐トンネルでは凄惨過酷なタコ部屋労働で建設されたことでも知られており、人柱が埋まっていて彼らの亡霊がトンネルや信号場に出ると噂されていた。

    1968年(昭和43年)に起きた十勝沖地震で壁面が損傷した事により1970年(昭和45年)に改修工事が行われ、その際に壁から立ったままの人骨が発見され人柱が事実だったと判明した。

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  • 雄別鉱山病院跡

    石炭景気に沸いた時代には朝鮮人労働、タコ部屋労働、ガス爆発や水害など暗い出来事も多数あったと言われており、雄別鉱山病院に運ばれて亡くなった霊たちがいまだ彷徨っていると言われている。 詳細を見る