冷川峠

車で走行していると横に着物姿の女の幽霊が現れ、車と同じ速度で並走すると言われています。

近くの柏峠(旧道)にまつわる「おちいじょ観音」の話で母親を亡くした乳児のために乳を与えに峠を越えた女性の伝説と結びつけられることがあります。この観音伝説の女性の霊が冷川峠にも現れるという説があります。

冷川峠に現れると言われている「着物姿の女の幽霊が現れ、車と同じ速度で並走する」はターボババアだという指摘も有るようです。

並走する怪談はターボババアなのか?

ターボババアの最大の特徴は、「自動車やバイクと同じ速度(時速100kmなど)で走り、窓の外から運転手を驚かせる」という点です。

冷川峠の噂も、「着物姿の女性」という外見の変化はあるものの、「車と同じ速度で並走する」という行動パターンはターボババアの怪異そのものです。

ターボババア

高速道路やトンネルなどで走って車を追いかけ、並走または追い抜く。時速100km以上出して追ってくるという老婆の怪異です。追い抜かれると呪われる、事故を起こす、などと言われています。

着物姿で走っていたり、背中に「ターボ」と書かれた紙が貼られていたり、四つん這いで追いかけてきたりとそのバリエーションは多岐にわたります。

1990年代以降、日本各地で様々な名前で語られるようになりました。

  • 100キロババア
  • ジェットババア
  • マッハババア
  • ターボばあちゃん

お乳女観音の伝承(おちいじょ観音)

むかし、中伊豆の大見村(現在の伊豆市)に住むある女性(お乳女)がいました。 当時、峠を越えた先にある東伊豆の伊東で、出産後に母親を亡くしてしまった乳児がいました。

お乳女はその子のために、毎日毎日、険しい柏峠を越えて乳を授けに伊東まで通っていたといいます。ある冬の雪が激しく降りしきる晩、いつものように乳を与え終えたお乳女が帰ろうとすると、伊東の家の人々は「今夜は危険だから泊まっていきなさい」と強く引き止めました。

しかし、お乳女はそれを振り切って我が家のある中伊豆への帰途につきます。 しかし、雪深い峠の道中でついに力尽き、お乳女は凍死して亡くなってしまいました

のちに人々は、彼女の慈愛の深さを讃え、またその死を悼んで、峠の道中に一尊の観音像(石仏)を建立し、これが「お乳女観音」と呼ばれるようになりました。

現在のおちじょ観音

現在は、大平山や柏嶺などを巡る登山・ハイキングコースの道端に、苔むしたお乳女観音の石像が残されています。近くには当時の子育ての過酷さや伝承を解説する案内板も設置されています。

登山者の記録などによると、このお乳女観音像はいつの頃からか首(頭部)が落ちてしまっている状態になっています。

これは心霊的な現象というよりは、経年劣化や過去のいたずらなどによる破損と見られていますが、鬱蒼とした山の中にポツンと首のない石仏がある佇まいが、峠周辺の不気味さや心霊的な噂(「おちいじょ観音の近くで怪奇現象が起きる」など)を助長する一因にもなっています。

冷川峠の基本情報

1906年(明治39年)に県道伊東大仁線(現在の静岡県道12号伊東修善寺線など)が開通したことで開かれた、比較的新しい峠です。それまで使われていた険しい「柏峠」に代わる、中伊豆と東伊豆を繋ぐ交通の要所として、かつては多くの人や車が行き交いました。

標高は約360mで、静岡県道59号 伊東西伊豆線が峠を越えており、周囲は深い森林に囲まれています。

1978年に「中伊豆バイパス」が開通したことで、山を越える古い峠道の交通量は激減しました。現在は県道の指定からも外れ、かつての幹線道路としての役目を終えた静かな旧道となっています。

樹木に囲まれ、日中でも薄暗く感じる道。道幅が狭く、峠前後は険道区間もあります。冬は積雪しやすく、チェーンやスタッドレスタイヤが必要になることが多いです。近くに伊豆スカイラインの冷川ICもあります。

静岡県伊東市鎌田 – 徳永

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