1676年(延宝4年)高清左右衛門という猟師が猟をしていたところ、愛犬がしきりに吠えてやまない為、左右衛門は犬が狂っているものと思いその首を切り落とした。
首は対岸に飛び、密かに左右衛門を狙っていた大蛇に噛みついた。この愛犬の忠節に報いるために左右衛門が建てた墓と伝えられてる。
「史蹟・犬の墓」は雑草で覆われているため国道から解らず、国道沿いに立てられている「拇橋の古戦場」と「史蹟・犬の墓」の看板が唯一の目印となっている。
墓の隣には棒状の看板が設置されており、文字が剥げかかってはいるが、赤文字で「阿波八景 剣山-宇峡」、その下に黒文字で「犬の墓・拇橋古戦場」と書かれている。
徳島県美馬郡つるぎ町一宇一宇
徳島県美馬郡つるぎ町一宇一宇541−1