1978年のある日、日野橋の袂で漁をしていた川漁師が、一人の女性と思われる溺死体を見つけた。検死の結果、死後約1ヶ月以上経過していた。
この女性の遺体は捜索願が出ていた母子の母の方であることが判明した。その後懸命な捜索にもかかわらず、子供のほうは遂に発見する事が出来なかったという。
それからちょうど1年後の1979年の雨の降る夜。
白い乗用車を運転して日野橋を渡っていたところ、きれいな女性に車を止められ、橋の向こうまで乗せてくれないかと頼まれた。
気の良いそのドライバーは相手が美人であったため二つ返事でドアを開け、後ろの座席に乗せて上げた。
しばらく走ってから
「どこで降りなさるかな」
と聞いた。
「もう少し先まで・・・」
そのまま車を走らせ
「このあたりかな?」
といって後ろを振り返ってみたところ、乗せたはずの女は消えていて、座っていた所のシートは水でぐっしょりと濡れていた。
という心霊芸相が相次ぎ、当時は新聞や雑誌、野次馬なども多く集まったようである。
現在は新道の開通により現在は車は通行できずバイクや自転車専用の道路となっている。
鳥取県米子市吉岡356−8