赤池(木田余)

かつてこの地には土浦藩の刑場(木田余刑場)があり、処刑された罪人の首をこの池で洗ったり遺体を投げ込んだことで池が真っ赤に染まった事から「赤池」と言われるようになったという噂が有ります。

雨の夜に近づくと、水面が血で染まったような赤みを帯びたように見えるという噂や、暗闇の方から低く響く呻き声を聞いた人や、男性の霊が池をうつろな目で眺めている姿を見た人が居るそうです。池の近くを通ったときに誰も居ない池の方から笑い声や話し声がする数人の子どもが遊んでいるような声が聞こえて来たという話も有るようです。

刑場跡という背景から、死装束(白装束)姿で首のない人影が自分の頭を探して池の周りを彷徨っている処刑された武士や、処刑に関わった武士の霊が出るという噂も有るようです。

赤池(木田余)の基本情報

江戸時代、土浦藩にはいくつか刑場がありましたが、木田余の刑場は主に晒し首(獄門)や斬首が行われる場所だったと言われています。

処刑した首をきれいに洗ってから晒す必要があったため、その作業にこの池の水が使われていたと言われています。

また、盗んだ牛や馬を密殺したり、野犬を殺した血が池に流れ赤く染まったからという言い伝えもあるようです。

赤池付近は、家を持たない放浪者が掘っ立て小屋に住み着いたり、伝染病の隔離病棟があり池の周囲は松林や藪に囲まれ鬱蒼としており人通りも少なく、寂しいところで住民は誰も近付かない場所であったという。

現在周囲は住宅地と田畑が混在し、夜は人通りが少なく静かな場所です。

この辺りの「木田余(きだまり)」という地名

かつてこの地には木材が集まる場所、「木溜まり(きだまり)」があったことからこの漢字が当てられたと言われています。

茨城県土浦市木田余

地域 : 関東地方 | 茨城県
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著者: 管理人

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