ここに在る呪いの墓石は慶應義塾大学 日吉キャンパスの裏山を掘削しているときに発見され、調べると関西の墓地にあった墓石だった事が分かったが、その墓石がなぜこの横浜市港北区日吉で発見されたのかは分かっていません。
発見された墓石には恐ろしくて強烈な怨念が込められていると言われ、墓石に触れた人は必ず不幸になり、墓石について調べただけでも呪われると言われ「呪いの墓石」と言われています。
実際に転落事故により死亡した人や事故に遭い亡くなってしまった人が居るそうです。
いくつもの不幸が起き、岩屋堂は地元のお寺で手厚く供養されたことで祟りは治まったそうですが、再び不幸が起きないためにもフェンスで囲み安易に触れないようにされています。
この付近では、空気が急に重くなる、誰も居ないのに誰かに見られている気がする、夜間に低い呻き声が聞こえたり、墓石の近くで人影や霊的な気配が感じられる、などの心霊的な描写も語られています。
岩屋堂の基本情報
戦国時代、矢上川が大洪水に見舞われた際、現在の岩屋堂がある付近の崖が崩れました。その崩れた跡から、二尺余り(約60cm)の黄金の聖観世音菩薩が現れたと伝えられています。
当時のこの地域の領主であった中田加賀守字が、この不思議な出来事を尊び、観音像を祀るためにお堂を建てたのが始まりとされ、江戸時代から続く准秩父三十四観音霊場の第13番札所として知られています。
岩屋堂で最も重要な行事が、午(うま)年に行われる御開帳です。普段は閉じられている厨子の扉が開かれ、秘仏である観音様を拝むことができます。
神奈川県横浜市港北区日吉5丁目18
