落合集落跡

誰も住んでいないはずの廃屋の中から女性の話し声やうめき声が聞こえた、かすかな話し声や生活音、足音のような音が聞こえてくる、何かが居るのだろうかと近づくと急に静かになる、窓の隙間から誰かにじっと見つめられているような強い視線を感じるという話しも有ります。

訪問者の間では、作業着姿の男性、山仕事をしていたような男性、遠くに立っている人影が出ると言われ、かつての住民の霊ではないかと囁かれています。

怖い現象が起こったり明確に映ったというより、「雰囲気」「気配」「声のようなもの」といった心霊系が多いようです。

廃屋、神社跡、古い生活道などが残っており、人が暮らしていた痕跡が色濃く残っています。その独特の景観が「何かが居るような」という印象を与え、心霊スポットとして紹介されるようになった可能性も有ります。

落合集落跡の基本情報

起源は不明ですが、伝承では源頼朝の子孫にあたる僧侶が開拓したとされ、その末裔が旧霊仙村の藤井家と伝えられています(芹川流域に藤井姓が多い)。

霊仙山の南西、芹川(せりかわ)上流の川合流部付近、標高約330mで霊仙地区の落合に位置します。

戦後の高度経済成長期に伴う燃料革命(炭から石油・ガスへの移行)によって主要産業だった製炭が衰退したことや、不便な山間部から利便性の高い平野部への移住が進んだ(過疎化)ことが主な原因です。1960年代にはまだ10世帯以上が暮らしていましたが、徐々に離村が進み、1990年代(平成初期)に定住者がゼロとなり、廃村となりました。

現在は定住者がおらず廃村ですが、落合集落は人気の登山スポットである「霊仙山」への主要な登山口の一つになっているため、現在でも週末を中心に登山客が多く訪れ、集落内の一部空き地は駐車場として利用されています。

蓮休寺(れんきゅうじ):1587年(天正15年):浄土真宗本願寺派が創建(本尊阿弥陀如来。複数回焼失し現存するのは4代目)。1885年、1890年、1948年と三度に渡って全焼の火災を経て再建された本堂が今も残されています。

落合神社:落合神社などは元住民の方々によって現在も定期的に手入れや管理がなされており、境内が綺麗に保たれています。

霊仙神社:正確な創建年代や詳細な由緒は不明ですが、落合神社より歴史が古いと推定されています。かつては集落の若衆(若い男性たち)が管理していたそうです。

多賀小学校霊仙分校跡: 1883年頃に前身の学校が設立され、旧霊仙村の児童(主に1〜4年生)が通学。1985年頃児童数ゼロで事実上休校、1993年廃校。山間部としては長く維持された学校でした。

家屋と石垣:斜面に組まれた見事な石垣や、往時の面影を留める木造家屋がいくつか現存しています。

落合集落の歴史

年代不詳:伝承では源頼朝の子孫にあたる僧侶が開拓した。

1587年 (天正15年) :蓮休寺が創建

1883年(明治16年):多賀小学校霊仙分校が開校

1885年(明治18年):蓮休寺が全焼

1890年(明治23年):蓮休寺が全焼

1948年(昭和23年):蓮休寺が全焼

1985年1985年(昭和60年)多賀小学校霊仙分校が事実上、廃校となる

滋賀県犬上郡多賀町霊仙478−1

参考

地域 : 近畿 | 滋賀県
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著者: 管理人

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