このトンネルで以前に焼身自殺をした男性がおり、この男性の霊が半透明で立っているのを見たという目撃談、タクシーがトンネル付近で女性を乗せると(母子という噂も有ります)、いつの間にか後部座席から姿が消えているという。
白い車でこのトンネルを訪れると、何らかの心霊現象や不吉なことが起こるから「絶対に行ってはいけない」という話しもある。
若いバスガイドがトンネル付近で用を足していたところマムシに噛まれ、恥じらいから助けを求められず命を落としたという話しも有りますが、日本国内では年間約2,000〜3,000件の被害があり、年間約10名程度(致死率約0.1〜0.8%)と非常に少ない致死率です。 死亡例の多くは70代以上の高齢者(特に高齢女性)に集中しています。
事故が多かったせいか、自殺した人を供養する為か分からないがトンネルの北側の入口付近に地蔵が点々と多数置かれています。
ここに在る地蔵の数を数えてはいけないと言われ「行きと帰りで数が違うと不幸が起きる」と言われていたり、探索後に憑かれてお祓いが必要になったという話しも有るようです。
心霊スポットとして恐れられる一方で、長年三瓶に住んでいたという人物が「昔からそんな話は聞いたことがない」と証言している人も居るようです。
土木建造物としては非常に価値の高い歴史的遺産でもあります。この「古さ」と「異国情緒」が、独特の不気味な雰囲気を生み出していると考えられます。
いつごろから「三瓶隧道(通称:旧三瓶トンネル)」が心霊スポットとして噂されるようになったか
2015年7月16日
さらに具体的な噂として、「トンネル内で様々な霊が目撃される」「白い車では絶対に行ってはいけない」という記述が確認できます。
2014年6月23~25日
「四国の心霊スポット」という掲示板系のまとめで、愛媛県の心霊スポット一覧に「三瓶隧道・旧道(旧三瓶~宇和町)」が掲載されています。2014年には、すでに四国の心霊スポットとしてネット上で認識されていました。
2013年11月17日
現地探索動画の説明欄に「白い車で来てはいけない」という噂が記録されています。動画自体は2014年2月8日に公開されていますが、探索日は2013年11月17日です。つまり、2013年11月には「白い車」の噂が既に存在していました。
1988年(昭和63年)に新三瓶トンネルが開通して以降、旧トンネルの交通量が激減し、人通りが少なくなったことが影響して1989年以降(平成時代)に生まれ広まった心霊である可能性が高いです。
三瓶隧道の基本情報
旧宇和町と旧三瓶町を結ぶ旧道に大正時代に造られたトンネル。アーチ部分と壁柱は花崗岩の石積み、坑門の壁面やトンネル内部は赤煉瓦で造られた、非常に美しいエキゾチックなデザインです。
起業者は三瓶村で、工事費の多くを三瓶側が負担したため「三瓶隧道」と命名された経緯があります。開通により、険しい山道を避けて三瓶と宇和平野がつながり、物資の流通や人の往来が格段に便利になりました。開通式は盛大に行われ、小学校では開通を祝う歌が歌われた記録も残っています。
丹念に施工された煉瓦と石の坑門が、建設当初の姿を良好に留めています。内部は昔ながらの低圧ナトリウムランプによるオレンジ色の照明で、湿気が多く静かな空間です。周辺の道沿いには四国八十八箇所を模した石仏(地蔵)が並んでおり、独特の雰囲気があります。
三瓶隧道の歴史
2011年(平成23年)7月25日、国の登録有形文化財(建造物)に登録
1988年(昭和63年)に「新三瓶トンネル」が出来たことから「旧三瓶トンネル」と言われる事も有る。旧隧道が主要交通路としての役割を終える
1917年(大正6年)竣工、延長317m、高さ約4m、幅約4m。煉瓦造(側壁を垂直にしたアーチ断面)。坑門は石積みのアーチと壁柱に煉瓦の装飾を施し、帯石上に「三瓶隧道」の扁額を掲げています。
1916年(大正5年)8月17日起工
愛媛県西予市宇和町郷内
