打越橋 通称「飛び込み橋」という異名が有るほど自殺が多い橋で、橋の下を通過する車に自殺者の霊が飛び降りてきたという体験をした人や、車が橋の下にさしかかると、ハンドルが急にとられたり、車が異常をきたす、自殺者のバラバラになった身体の目の部分、足の部分などの一部が橋の周りを浮遊していたという話もあるようだ。 現在では自殺防止の為に高いフェンスが設けられている。 神奈川県横浜市中区打越 神奈川県横浜市中区打越3−2
雨雲模様 2022年9月11日 22:36 昨日(2022年9月10日土曜日)に北野誠さんのおまえら行くなでも取り上げられたということもあって、横浜に来た際には是非とも立ち寄りたいと思い、怪談イベントの前に立ち寄りました。最初に橋の下にある地蔵菩薩に手を合わせてから橋のほうへ行って見たのですが、地蔵菩薩を一瞬、一目見ただけで他の地蔵菩薩とは違うなというのを改めて思いました。それは地蔵菩薩から放つエネルギーやパワーが神々しいというレベルで、おまえら行くなのDVDでも北野誠さんが地蔵菩薩が怖いという話をされていましたが、ここの地蔵菩薩は明らかに他の地蔵菩薩とは違うものを感じました。そして橋で心霊検証を行いましたがなぜか現る御霊達は橋から飛び降りるなどの誘発行為はなく、揃って橋の脇にある雑草や木々などで生い茂っている坂のほうへと上ったり下ったりと(わたしが実際に目の当たりにしたのは丸坊主頭のお爺さんの御霊と白装束のセミロングのヘアースタイルの女性)、或いは橋の下のバス停がある方向へと不特定多数の集団で揃って向かっていく様子などが確認できました。御霊達の行動パターンから察して、地蔵菩薩の近くに今もなお心の救済を求め現れているのだと思われました。 今も苦しいからこそ逃げるための手段の一つで身投げされた方がいらっしゃるように見受けられましたが、今もなお自らの愚行に唯々懺悔するしかないという気持ちでやり過ごし、わたしたちの仲間には決してなるなとも忠告されました。後ろから近づき一瞬で消えたのですが、恐らく白装束の女性かなと思いますが死してもなお今も苦しい思いでこの橋の付近を彷徨い続けるしかない、だから(自殺は)するなとも、それはきっと地蔵菩薩の力がなせる業だと思いました。心清め、昇天するためにも自らの過ちに向き合う姿を見て、改めて地蔵菩薩がこの地を邪念のある御霊から守り、そしてなお地元の方々から愛されている姿を見て地域に対してしっかりと貢献して下さっている。そして地蔵菩薩は最後に”この世にはまだまだ懺悔の念を持って彷徨い続ける御霊がいる、わたしは心に迷いや悩みを抱える御霊達にいつも寄り添っている”と仰り、穏やかな表情になりました。非常に守られていると思いました。ここはとても素敵な場所で怖いとは無縁のところかもしれませんね。 返信 ↓
昨日(2022年9月10日土曜日)に北野誠さんのおまえら行くなでも取り上げられたということもあって、横浜に来た際には是非とも立ち寄りたいと思い、怪談イベントの前に立ち寄りました。最初に橋の下にある地蔵菩薩に手を合わせてから橋のほうへ行って見たのですが、地蔵菩薩を一瞬、一目見ただけで他の地蔵菩薩とは違うなというのを改めて思いました。それは地蔵菩薩から放つエネルギーやパワーが神々しいというレベルで、おまえら行くなのDVDでも北野誠さんが地蔵菩薩が怖いという話をされていましたが、ここの地蔵菩薩は明らかに他の地蔵菩薩とは違うものを感じました。そして橋で心霊検証を行いましたがなぜか現る御霊達は橋から飛び降りるなどの誘発行為はなく、揃って橋の脇にある雑草や木々などで生い茂っている坂のほうへと上ったり下ったりと(わたしが実際に目の当たりにしたのは丸坊主頭のお爺さんの御霊と白装束のセミロングのヘアースタイルの女性)、或いは橋の下のバス停がある方向へと不特定多数の集団で揃って向かっていく様子などが確認できました。御霊達の行動パターンから察して、地蔵菩薩の近くに今もなお心の救済を求め現れているのだと思われました。
今も苦しいからこそ逃げるための手段の一つで身投げされた方がいらっしゃるように見受けられましたが、今もなお自らの愚行に唯々懺悔するしかないという気持ちでやり過ごし、わたしたちの仲間には決してなるなとも忠告されました。後ろから近づき一瞬で消えたのですが、恐らく白装束の女性かなと思いますが死してもなお今も苦しい思いでこの橋の付近を彷徨い続けるしかない、だから(自殺は)するなとも、それはきっと地蔵菩薩の力がなせる業だと思いました。心清め、昇天するためにも自らの過ちに向き合う姿を見て、改めて地蔵菩薩がこの地を邪念のある御霊から守り、そしてなお地元の方々から愛されている姿を見て地域に対してしっかりと貢献して下さっている。そして地蔵菩薩は最後に”この世にはまだまだ懺悔の念を持って彷徨い続ける御霊がいる、わたしは心に迷いや悩みを抱える御霊達にいつも寄り添っている”と仰り、穏やかな表情になりました。非常に守られていると思いました。ここはとても素敵な場所で怖いとは無縁のところかもしれませんね。