江戸時代に用沢に生まれ、井戸に埋められ殺された庄兵衛(用沢小僧)という少年を祭った地蔵堂では、夜になると付近で子どもの笑い声や足音が聞こえてくる、気分が悪くなる、写真を撮ると白い影が映るという噂が有ります。
また、用沢のどこかに在ると言われている処刑された井戸で用沢小僧の幽霊が出ると言われています。用沢小僧を粗末に扱ったり無礼を働くと祟られる、または不吉なことが起きるという話しも有るようです。
用沢小僧
江戸時代に用沢に生まれた庄兵衛(しょうべえ)という少年が暮らしていた。庄兵衛は、一晩で京の都まで往復(約600km)したり、天井を逆さまに歩いたり、木の葉の裏に隠れたりする「忍術」のような不思議な力を持っていた事から村人たちは庄兵衛のことを「用沢小僧」と呼んでいた。
成長した庄兵衛は、その能力を使って強欲な富豪や大家から金品を盗み出し、貧しい村人たちに分け与えていました。
藩主は将来起こるかもしれない非難を恐れ逮捕を命じた。村人は嘆願したがしかたなく捕まえ酒を与えて酔いつぶれたところで土地にある枯れ井戸に落とされ「石こ詰め(いしこづめ)」という恐ろしい刑に処されます。
石こ詰めは、枯れ井戸に投げ込まれた上から、生きたまま大量の石を投げ入れられて圧死・生き埋めにされるという、非常に惨たらしく苦痛を伴う処刑方法でした。庄兵衛の命日は(1777安永6年)2月4日、享年22歳と言われています。
庄兵衛が枯れ井戸で無念の死を遂げた後、用沢の村には原因不明の病気、不慮の事故、天災などの不思議な災難(怪異)が立て続けに起こるようになりました。
村人たちは「生きたまま井戸に沈められた庄兵衛の怨念、無念の霊が彷彿しているに違いない」と恐れおののきました。
そこで、彼の遺骸を井戸から引き上げ、お坊さんを呼んで手厚く供養し、その場所に祀ったのが現在の「延命地蔵尊(用沢小僧)」の始まりとされています。井戸の正確な場所は不明ですが、近くに跡があるという話もあります。
延命地蔵菩薩由来記
宝暦六丙午年(一七五六) 大塚に庄兵衛という子が生れた。 生来賢い子であった。不思議なことに一夜のうちに百里二百里を風のように走り廻り時に草の葉に隠れ板のすき まを出入りしたり、天井を逆さまに歩いたり、出没自在奇妙な早業だったので誰いうとなく「用沢小僧」と 云うようになった。呼び名の通り体が小さいばかりで なく、体を小さくする術も知っていたらしい。
成長するに従ってますます神出鬼没を極めて大家に 侵入して金銭財宝を掠めて近郷近在の貧困者に与え ていたので「小僧々々」といわれていた。
この噂に藩主は後難をおそれて逮捕を命じた。村では 庄兵衛の情誼に厚くいつも珍しい話題を持ち郷人には 迷惑はかけないので嘆願したが囚えないと村役人も村人も 同罪であるとの達しに、全村七十六戸(除二戸)総出で探し 酒を与えて井戸跡(穴)に落し石を投げ込んで埋めた。安永六丁酉年(一七七七)二月四日二十二才であった。
その後村には不思議な災難が続き困ったので、青竜西堂(せんとさん) 孝州和尚に供養を願い現在地にまつりかえられ戸毎には五輪の石塔を祀り、やがて用沢延命地蔵尊として人々の生命を守る仏としてあがめらている。
昭和五十八年二月吉日
静岡県駿東郡小山町用沢929
