豊かな緑に博物館・美術館・公園と憩いの場である群馬の森は同時に戦争の歴史も孕んだ場所となっている。1882年(明治15年)11月からこの地で操業を開始し黒色火薬を製造が始まった。
その後、ダイナマイトを生産し始め供給を行なっており軍国を支えたようだ。当時は4000人もの従業員がいたようで、1912年(明治45年)爆発事故で6人が亡くなっているためその霊が彷徨っているのではないかと言われている。
群馬の森の基本情報
1882年(明治15年)11月「砲兵工廠岩鼻火薬製造所」
1925年(大正12年)04月「陸軍造兵廠火工廠岩鼻火薬製造所」
1940年(昭和15年)04月「東京第二陸軍造兵廠岩鼻製造所」
群馬県高崎市綿貫町906−7