豊臣秀吉が1590年(天正18年)に小田原討伐の為に、小田原城の西に3kmの笠懸山に築いた城跡。
築城の際に3万~4万人が動員され、僅か80日間で築城した。過酷な労働により多くの人が亡くなっており亡くなった魂が彷徨っていると言われている。
火の玉を見たという者や、武士の呻き声が聞こえるというのが多い。ここで実際に恐怖体験もした者も多いと言われている。
ある若者のグループが、深夜肝試しに訪れた際に、いきなり落ち武者の霊に切りつけられたという事があった。切りつけられた若者は暫くうずくまり動けなかったという。
夜中に一人でここを訪れた者がいて、どんな恐怖体験をしたか分からないが、血の気の引いた真っ青な顔で戻ってきた。
次の日に、自分の車に火を放ち焼身自殺したという話もある。
ここを訪れた者がポルターガイスト現象に悩まされたという話も有る様だ。
石垣山城
小田原城から見えないように工事が進められ完成と共に周囲の木を伐採した事により、あたかも一夜で城が完成したかのように見えた事から「石垣山一夜城」「太閤一夜城」とも呼ばれている。
神奈川県小田原市早川1383ー12