湯の花トンネル

第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)に起きた「湯の花トンネル列車銃撃事件」の犠牲者の霊がいまだに彷徨っていると言われている。

このトンネルを列車で通過中に半透明の人が浮かび上がりスーッと消えていく事が有るそうだがそういった体験をした人はごく僅かのようだ。

湯の花トンネル列車銃撃事件

1945年(昭和20年)8月5日正午過ぎ
湯の花トンネルでアメリカ軍のP-51戦闘機複数機が満員状態の列車に対して執拗な機銃掃射を加え、多数の死傷者が発生した事件である。

犠牲者の数については、国鉄の資料によると49名が亡くなったとなっているが、慰霊碑では52名以上(氏名判明のみ)としている。怪我人は900人以上出たと言われている。

戦後、この事件に係る慰霊碑が建立され、毎年8月5日には現在でも地元の住民が主体となって慰霊祭が行われている。

第二次世界大戦

1939年(昭和14年)9月1日~1945年(昭和20年)8月15日(または9月2日)
連合国・枢軸国および中立国の軍人・民間人の被害者数の総計は5000万〜8000万人とされる。8500万人とする統計もある。当時の世界の人口の2.5%以上が被害者となった。民間人の被害者数:3800万〜5500万(飢饉病気によるものは1300万〜2000万)。軍人の被害者数:2200万〜2500万。捕虜としての死者数も含む。

東京都八王子市裏高尾町

 東京都八王子市裏高尾町1029 

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