おはんが池

江戸時代の1800年頃のおはんが池は底なし沼でした。この池の近くに住む「おはん」という若い奉公人の娘が、お歯黒に使う五倍子(ふし)をこの池に落とし、それを拾おうとしたところ誤って池に落ちてしまった。

村人は一生懸命に探したが池の底が深く沈んだためか見つけることが出来ませんでした。おはんはこの池の底で今でも眠りについていると言われ、この池の事を「おはんの池」「おはんが池」と呼ぶようになり、水神様(弁財天)を祀って供養するようになりました。

おはんの会・明日会・藤太郎総業有限会社はじめ多数のご賛同を得て2008年(平成20年)にこの慰霊碑を建立しました。

かつては大きな底なし沼だったと言われていますが、現在は埋め立てられ、整備された小さな池として残っています。池の畔には弁財天の祠や鳥居、「おはん之慰霊碑」が建てられています。

五倍子(ごばいし、ふし)とは

ヌルデという木の葉にアブラムシ(ヌルデシロアブラムシ)が寄生し、刺激によって瘤(こぶ)状に肥大したものです。

お歯黒の材料や染色、染料の原料、伝統的な薬用などにも使われてきました。

千葉県船橋市田喜野井6丁目2−17

地域 : 関東地方 | 千葉県
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著者: 管理人

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