夜の公園や周辺で着物を着た女性の幽霊の目撃や、泣き声のような音がが聞こえるというもの。女性の幽霊を見た人は後日、足にけがをするという不可解な出来事も起きているようです。
この女性の幽霊はかつてこのお城で吉良頼康の寵愛を受けたが12人の側室たちの罠にはめられ亡くなった常盤姫なのではないかと言われています。
公園内は起伏が激しく、夜間は街灯が届きにくい場所があるため、空気が重い、誰かに見られている気がするといった感覚を覚える人が多いようです。
世田谷城の基本情報
1366年(貞治5年)、吉良治家が世田谷郷を与えられる。
1394年 – 1426年(応永年間)頃、居館として整備されたと考えられている。吉良成高の頃、城郭として修築されたものと考えられている。
1590年(天正18年)、吉良氏朝の代に小田原征伐により豊臣氏勢に接収されたが、同戦役後に廃城となった。江戸城改修に石材を利用したという。
常盤姫
13人の側室の中でも美しい側室で、世田谷城主の吉良頼康の寵愛(上の立場の者が特別にかわいがること)を受けたのを妬んだ他の12人の側室たちの罠(不貞の疑い)にはめられ、妊娠して体が重く負担がかかっている体で城を追われました。
絶望した彼女は自害しましたが、その際、彼女の無実を知らせるために放った白鷺(しらさぎ)が力尽きて落ちた場所に、白い鷺のような形をした花「サギソウ」が咲いたと言い伝えられています。胎児は男子だったという。
この伝説により、サギソウは現在世田谷区の区の花に指定されています。
常盤姫が自害したとされる場所にある「常盤塚」付近では、今でも彼女の悲しみや無念が漂っていると感じる人がいるようです。
東京都世田谷区豪徳寺2丁目14
参考資料:Wikipedia「世田谷城」
