この修那羅峠の脇道では1980年(昭和55年)3月に起こった「長野.富山連続誘拐殺人事件」の被害者の遺体が遺棄された場所で、事件以来この峠には殺害された被害者の女性の霊が成仏できずに彷徨っていると噂されています。
被害者の女性の霊が姿を現す、助けを求める声が聞こえる、誰もいないはずの道端に白い服の女性が立っている、と峠を越えるドライバーの間で囁かれているようです。
この峠には首なしライダーの噂も有り、この峠を走っていると後ろから白い服を着た首の無いライダーが現れ執拗に追いかけられ忽然と消えるという話があります。
周辺は山林が深く、霧が出やすく、夜間は非常に暗い峠道で知られ、夜に峠を走ると白い人影を見る、車のバックミラーに誰もいないはずの“何か”が映るという話しもあるようです。
修那羅峠の基本情報
修那羅峠は、長野県の中央部に位置する 筑摩山地(ちくまさんち) の中の峠で、旧坂井村と青木村の境界にあります。かつては 「安坂峠(あざかとうげ)」 と呼ばれていました。
この峠が良く知られるようになったのは、江戸時代末期〜明治初期にかけて 「修那羅大天武(しゅならだいてんぶ)」 という山岳修行者がこの地で雨乞いの祈祷などで人々の信頼を集め、その活動に伴う信仰の対象として峠道が注目されるようになりました。
峠は修那羅大天武への参道でもあり、「修那羅峠」と呼ばれるようになったといいます。
峠近くには 修那羅山安宮神社(やすみやじんじゃ) があり、その周囲や参道には石仏・石像などの石神仏が 多数(約800体前後) 祀られています。これらは地元の人々や信者が奉納したもので、子供の追善供養や願掛けなどさまざまな思いが込められています。
長野.富山連続誘拐殺人事件
1980年(昭和55年)2月から3月にかけて、富山県と長野県で2人の若い女性が相次いで誘拐・殺害されました。「赤いフェアレディZ」を操る女が犯人というセンセーショナルな状況や、共犯とされた男性の無罪判決など多くの注目を集め「赤いフェアレディZ事件」、「赤いスポーツカー事件」とも呼ばれていた。
富山事件(2月):富山県の女子高校生(当時18歳)が下校途中に失踪。後に岐阜県の山林で遺体となって発見されました。
長野事件(3月):長野市のOL(当時20歳)が誘拐され、身代金が要求されました。その後、長野県の聖高原で遺体となって発見されました。
1980年(昭和55年)3月、身代金誘拐容疑で2人を逮捕
1998年(平成10年)に宮崎知子が一貫して「男性が主犯であり、自分は従っただけ」と主張。していたが最高裁で死刑が確定(戦後7人目の女性死刑囚
2021年(令和3年)9月20日時点で犯人(現在80歳)は死刑囚として、名古屋拘置所に収監されている。
長野県東筑摩郡筑北村坂井
