1948年(昭和23年)港湾工事の際に発見され、た洞窟で、縄文時代から弥生時代、古墳時代に至る人骨や土器、木製品、骨角器などが多数出土し、13体分の遺骨が見つかったそうです。
しかし、調べてみると733年に書かれた「出雲国風土記」の「黄泉之穴(黄泉の穴)」に恐ろしい内容が記載されていました。「夢にこの磯の窟の辺りに至れば、必ず死ぬ。故俗人古より今に至るまで、黄泉の坂、黄泉の穴と名づくなり」と書かれており、夢の中でこの洞窟を訪れるのを見ると、必ず死ぬそうです。
この場所は昔からあの世の坂、あの世の穴と呼んでいるそうです。昔は「あの世」を「黄泉」と言ってました。
洞窟内に浮遊霊や古代の霊がとどまっている、奥の暗闇から視線を感じる、写真を撮るとオーブ(発光体)や人の顔のようなモヤが写り込むといった心霊写真や怪現象の噂も有るようです。
猪目洞窟は出雲大社から見て北東(鬼門)の方角に位置しているため、「強い陰の気や邪気が溜まりやすい場所である」「聖なる場所の対極にある異界」といった解釈で扱われることがあります。
古代の死生観や戒めの意味合いが強いと解釈されることもあり(やましい心を戒めるためのものという説)、地元では「実際に夢を見て亡くなった人は聞いたことがない」という声もあります。
猪目洞窟の基本情報
正式名称「猪目洞窟遺物包含層」、幅約30~36m、奥行約30~50m
1948年(昭和23年)の港湾工事の際に発見され、調査が行われました。 縄文時代から弥生時代、古墳時代に至る人骨や土器(弥生土器・土師器・須恵器)、木製品(丸木舟・木棺と思われるもの、弓・盾など)、骨角器などが多数出土し、古代人が住居や墓所として長期間利用していたことがわかりました。
伸展葬や屈葬、丸木舟を使った特殊な葬法が見られ、海上生活者(漁民など)の墓として使われたと推定されています。人骨の分析からは、在地の縄文系と渡来系の混血集団で、長期に母系で埋葬が続いていた可能性が指摘されています。
1957年(昭和32年)に国の史跡に指定されました。
出雲国風土記
733年(天平5年)2月30日(奈良時代)に完成し、聖武天皇に奏上された出雲国(現在の島根県東部周辺)の自然、地理、神話、歴史、暮らしを記録した地誌です。
現存する風土記の中で唯一ほぼ完全な形で残っているため、日本の古代史を知る上で極めて重要な史料とされています。
出雲国風土記には「黄泉之穴」として登場します。「夢にこの磯の窟の辺りに至れば、必ず死ぬ。故俗人古より今に至るまで、黄泉の坂、黄泉の穴と名づくなり」と記載され、古くからあの世(黄泉の国)への入口として畏怖されてきた歴史があります。
島根県出雲市猪目町1338
参考資料
- 2022年(令和4年)7月11日(月)口を揃えた怖い話★47都道府県最恐スポット&ついに映った!!スタジオ大パニック
