昔この辺りは川で亡くなった人もいて、防空頭巾を被った少女の霊が出るとの噂が有り、写真を撮ったら防災頭巾を被った少女の霊が写ったそうです。
しかし、調べたところ第二次世界大戦の1939年(昭和14年)9月1日から1945年(昭和20年)ごろは水田で川は有りませんでした。農地に人工的に水を供給引かれた「灌漑(かんがい)」という水路で溺れて亡くなっていたのかもしれません。
ゆきよし跨線橋下広場、昔の地図
ゆきよし跨線橋下広場の基本情報
新潟亀田内野線のゆきよし跨線橋(JR信越本線をまたぐ橋)の真下に位置しています。 跨線橋が屋根の代わりとなっているため、雨や雪の日、日差しが強い日でも外で過ごすことができる貴重なスペースです。
約800平方メートルの比較的コンパクトな広場で、近隣住民の休憩や小さなお子さんの遊び場として利用されています。
新潟県新潟市江南区
