洞内には、幼子の霊が集まるとされる「賽の河原(さいのかわら)」が広がっています。朝日の昇らないうちに浜へ行くと、夜の間に子供たちが親を慕い「一重積んでは父のため、二重積んでは母のため」と石を積んだとされる小さな足跡が柔らかい土の上に点々と残されており、日が昇るといつの間にか消えると言われています。
また、積み上げた塔を鬼が蹴崩し、子どもたちが泣くとお地蔵様が現れて鬼を追い払い、翌日になると壊れたはずの塔が元通りになっているそうです。
こういった事から、洞窟のなかで子供の泣き声や笑い声を聞いた、誰もいないのに積まれた石が崩れる音が響いた、小さな手に引かれたような感触がする人や、気持ちが悪くなったり、寒気を感じるといった身体の異常をきたす人がいます。
昔、酒に酔った船乗りが石塔を蹴り崩してしまったところ、「時化(しけ)で石が崩れても、子供たちが一晩中泣きながら積み直す」と諭されたという民話が残っており、この場所をむやみに荒らす者には災いが降りかかる(祟り)と戒められています。
1891年(明治24年)に訪れた小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、生後4日で長男・ 利公(としみき)を失い、15年には次男の二郎が1歳9か月の短い命を終えた事からこの地を訪れ際に10cmほどのはっきりした子どもの足跡を複数確認したという記述されています。
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)
1850年6月27日、出生名はパトリック・ラフカディオ・ハーン(Patrick Lafcadio Hearn)
1896年に46歳で日本国籍を取得し「小泉八雲」に改名。
日本では『怪談』『知られぬ日本の面影』『骨董』などで知られる明治時代の作家
堤防から内部へ潜入するための遊歩道、トンネルが設けられ、観光遊覧船では3〜11月運行で上陸して見学できます。
加賀の潜戸(旧潜戸)の基本情報
日本海の荒波による浸食で形成された海食洞(海岸の洞窟)で、国の名勝・天然記念物に指定されている景勝地です。大山隠岐国立公園にも含まれ、神話・信仰・自然が一体となった島根を代表する名所の一つです。
加賀の潜戸(旧潜戸)は、仏潜戸(ほとけくけど)とも呼ばれ、古くから厚い民間信仰を集める特異な空間です。「潜戸」は洞窟の意で、「加賀」は集落名に由来します。
主に「旧潜戸」と「新潜戸」という2つの大きな洞窟からなり、それぞれが異なる性質の伝承や神話の舞台となっています。
新潜戸(神潜戸):海に突き出た巨大な海食洞。遊覧船が内部を通り抜けることで有名です。
旧潜戸(仏潜戸):陸側にある洞窟で、神秘的な雰囲気と信仰の対象として知られています。
旧潜戸の「陰」の雰囲気とは対照的に、733年の『出雲国風土記』において佐太大神(さだのおおかみ)がお生まれになった場所として記されています。母神が暗い洞窟を金の弓矢で射抜いて光を取り込んだという神話が残る、歴史深い聖地です。
岬の先端寄りに位置する海中洞窟。3つの入口(東・西・北)があり、内部がトンネル状に連結した全長約200mの洞門です。高さ約30〜40m、幅約20m程度。波が穏やかな日は遊覧船で中を通れます。
賽の河原伝説(立て看板)
太古の昔、海人族の女神達がここで子供達を産み育てた場所と云われています。
幼くして生命絶えた我が子を埋め小さい石の塔を積んだのが始まりとも云われています。
現在は、全国の亡き幼児の魂の集まる場所と云われています。
島根県松江市島根町加賀
参考
