江戸時代に家の事情で添い遂げられない男女が、この池で入水心中を図り勘三(かんぞう)だけが生き残りました。 実は、裕福な家との縁談があり、邪魔になったお文(おふみ)を池に誘い出し心中を装って殺害したそうです。
殺されたお文の怨念が残り地縛霊となって現れると言われています。特に男性が一人で近づくと池に引きずり込まれる、車で通りかかると女性が急に飛び出して避けようとして事故を起こす、雨が降る夜に傘を差さずに長い黒髪でずぶ濡れの若い女性が池のふちに立っている、池のふちで髪を洗う女性を見たという話しも有ります。
この女性の幽霊を見ると(遭遇すると)全身に鳥肌が立ち、その夜に高熱が出て数日うなされた人も居るそうです。友人同士で肝試しに行った男性がバックミラーに白い服を着た女性の姿を見て事故を起こし、数日寝込んだという話しも有ります。
夜、青山池の近くでタクシーが若い女性を乗せ、目的地に着くと、いつの間にか後部座席から姿を消しており、 彼女が座っていた場所には、ぐっしょりと濡れた跡だけが残されていたという話しも有ります。こういった話は「深泥池」などで語られる典型的な怪談に似ています。
霊感がない人でも、気配がする、不気味と感じる人がいるようです。池自体が山の中にあり、夜間は街灯が少なく非常に暗いため、心理的な恐怖を煽りやすい環境でもあります。
青山池の怪
江戸時代、知多郡奥田村(現在の美浜町奥田)にお文(ふみ)という若い女性がいました。お文は同じ村の百姓の勘三(かんぞう)という男性と恋仲で夫婦になることを固く約束していました。二人は深い恋仲で、将来を夢見て過ごしていました。
しかしある日、勘三に思いがけない話が舞い込みます。隣村の庄屋(地主)から「ぜひ勘三を婿に欲しい」という縁談です。庄屋の娘を娶れれば、貧しい暮らしから一気に抜け出し裕福な生活が手に入ります。
勘三は大いに悩みましたが、ついにお文と別れる決心をしました。勘三はお文を青山池のほとりに呼び出して別れ話を切り出しました。
お文は突然の話に動揺し、信じられず、納得しようとしません。勘三は何とか説得しようとしましたが、お文は頑なです。
そこで勘三は一計を案じ、こう言いました。「お文、ワシと一緒に死んでくれ! 今世で一緒になれぬのなら・・・」
お文は勘三を信じ、「はい。勘三さんのためなら、どこまでも付いていきます」と答え、二人は手を取り合って青山池に飛び込みました。
しかし、勘三には最初から心中する気などありませんでした。お文が邪魔になったので、心中のふりをして彼女だけを死なせようとしたのです。
勘三は池に飛び込んだ後、必死で這い上がって生き延びました。一方、お文は池の底に沈み、命を落としました。その後、勘三は無事に庄屋の娘と結婚し、裕福な生活を送ったと言います。
しかし、お文の強い怨念は消えず、それ以来、青山池では怪異が起こるようになりました。
青山池の基本情報
知多半島は大きな河川が少なく、古くから水不足に悩まされてきた地域です。そのため、江戸時代から明治時代にかけて、稲作に必要な水を確保するために多くのため池が作られました。青山池もその一つで、地域の農業用水を確保するための重要なインフラとして整備・維持されてきました。
池の北側には青山池古窯群(13世紀頃、中世の瓦窯跡)があり、古くから人が暮らしていた地域であることがわかります。1893年(明治26年)の「尾張国知多郡誌」に「東西112間、南北132間」と記載されており、それなりの大きさの池です。現在も堤体があり、満水時の貯水量を考慮したハザードマップも存在します。
現在は農業用水の供給だけでなく、「洪水調整機能」としての役割も担っています。大雨が降った際に一時的に雨水を貯め、下流の河川が溢れるのを防ぐ防災施設としての側面があり、町のハザードマップなどでも管理対象の一つとして記載されています。
以前はブラックバスの釣りポイントとして人気があり、野池ファンに知られていましたが、近年(2010年代後半頃)は釣り禁止になったようです。
愛知県知多郡美浜町奥田青山池下
