第二次世界大戦の心霊スポット48 件掲載
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不老洞(須佐トンネル)
第二次世界大戦の終わり頃の1945年に起きた佐世保大空襲で大勢の人がこのトンネルに逃げ込んだが爆風などで大勢が亡くなったという。
トンネルの入り口に兵隊さんの霊が立っているという事があるそうだ。地元では知られた心霊スポットみたいだ。
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旧山里国民学校防空壕
第二次世界大戦の長崎の原爆が投下されたところから700mの距離にある防空壕で、当時この防空壕を掘っていた教職員や地域の住民のほとんどが亡くなってしまった。
霊感のある方が訪れると、吐き気や頭痛がしたり、気分が悪くなるという。
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ローガン・イン(Logan Inn)
No.6の部屋、通称「エミリーの部屋(Emily’s room) 」と言うのが有り、この部屋ではポルターガイスト現象や、男の子の霊や、女の子の霊、白いモヤの様な物の目撃や様々な心霊現象が起きていという。
エミリーという人物は元オーナーの母親と言われている。他にもバー、食堂、地下室、駐車場での心霊現象や幽霊の目撃が多く報告されている。
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比治山陸軍墓地
1877年(明治10年)西南戦争から1945年(昭和20年)第二次世界大戦まで亡くなった人が埋葬されている。夜になると兵隊が行進している足音や、広島の被爆によって亡くなった兵隊と思われる顔の爛れているの霊などさまざまな目撃が有る。
周辺では首吊り自殺もあったという噂も有り、自殺者の霊も出ると言う噂も有るようだ。
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広島大学旧理学部1号館
第二次世界大戦の末期1945年に広島に原爆が投下された時に、ここは爆心地から1,420mの場所にあった本館は1Fの3部屋を除いて全焼し、教員、学生共に134人が犠牲となった。
兵隊が進行する足音が聞こえてくる、絶対に通ってはいけない廊下が有る、校内に犠牲になった人達の霊が彷徨っているという噂がある。また、人体実験をしていたという噂も有るようだ。
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ミレニアム・ビルトモアホテル
ミレニアム・ビルトモアホテル(The Millennium Biltmore Hotel)は1923年に開業した歴史あるホテルで、政治家や映画スターが良く利用していたり、以前にはアカデミー賞の授賞式もこの場所で行なわれていたホテルとして知られている。
1947年に殺害されたエリザベス・ショート(Elizabeth Short)の幽霊が10階と11階を徘徊していたり、スーッと壁に消えて行ったり、エレベーターに乗り込んでいく姿を多くの人が目撃をしている。
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国会議事堂
国会議事堂の8階がホールになっており、第二次世界大戦前まではダンスなどの練習が行われていた。ダンスの練習に来ていた女性が失恋し、このホールから飛び降り自殺をするという事件が起きた。
それ以降、夜になると女性のすすり泣く声が聞こえるという噂が広がり始め立入禁止になったと言われている。
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富士森公園
第二次世界大戦には沢山の防空壕があったとされている。戦後、この防空壕では幽霊が出るという噂があったが、整備される事になり防空壕が埋め立てられる事になった。
しかし、関係者が謎の病になったり事故にあったり、または行方不明になりと不可解な事が続いた為に埋め立ての工事が中止になったという曰くが残されている。
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HMシェプトン・マレット刑務所
HMシェプトン・マレット刑務所(HM Prison Shepton Mallet)はイギリスで最も古い刑務所として様々な凶悪犯が収容され処刑された場所で、多くの幽霊が彷徨っており、心霊現象や幽霊の目撃が多く「最も呪われた刑務所」とも言われている。
刑務所は2013年に閉鎖され宿泊や見学ツアーなども用意されている。
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猿島
兵舎からこちらを覗く目が目撃されたり、大勢の話し声が聞こえて来たというのも有る。
また、日本兵の霊の目撃も多いそうだ。しかし、この島で実践投入された事も無く悲惨な戦場だったという事は無い。この島に思い入れのある霊が集まってくるのだろうか。
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アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所
アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所(Auschwitz II-Birkenau)は第二次世界大戦中1940年から1945年にかけてドイツが占領下においた現在のポーランド南部オシフィエンチム市郊外につくられた強制収容所で、使われていた5年間で150万人もの人間がガス室で処刑されたり強制労働などで死亡したと言われている。
ここに訪れると、急に寒くなり震えだしたり、憂鬱感に襲われ、泣きだしてしまう人が多いという。
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知覧特攻平和会館
第二次世界大戦の沖縄戦で爆装した飛行機もろとも敵艦に体当たり攻撃をした陸軍特別攻撃隊員の遺品や関係資料を展示している施設。
いまだにこの世に未練を残した特攻隊員の霊がちらほらと現れるという。ここに現れる霊は怖い印象は無く、にっこり微笑んだりしている霊が出ると言われている。
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香櫨園浜(御前浜公園)
香櫨園浜は第二次世界大戦中に海水浴場でにぎわったが、大阪大空襲で死亡した水死体が海流の関係で多数漂着した場所となっている。
そんな、死んでいった戦没者の霊が写真に写りこむと言われている。
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湯の花トンネル
第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)に起きた「湯の花トンネル列車銃撃事件」の犠牲者の霊がいまだに彷徨っていると言われている。
このトンネルを列車で通過中に半透明の人が浮かび上がりスーッと消えていく事が有るそうだがそういった体験をした人はごく僅かのようだ。 詳細を見る
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ベイカーホテル&スパ
1929年に建てられたベイカーホテル&スパ(The Baker Hotel and Spa)はテキサス州で最も霊が出る場所と言われている。主に有名なのがホテル内を徘徊する女性の霊だという。
誰も宿泊客は居ないのに、愛人が滞在していた7階の部屋で赤い口紅のキスマークが付いた眼鏡を見つけたという事件もあった。
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串良平和公園
第二次世界大戦の末期1945年(昭和20年)3月1日から特別攻撃隊の基地となり、8月15日の終戦までの約半年間に串良航空隊565名が特攻隊員として飛び立ち殆どの者は帰還する事は無く戦死したという。
夜間に血塗れの旧日本兵の霊が行進しているという話しや、戦没者慰霊塔の周辺で心霊現象が起きると噂されている。
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クイーン・メリー号
クイーン・メリー号(RMS Queen Mary)では、エンジンルームの付近で、昔ここで機関士として働いていた水兵のユニフォームを着た男性の霊が出るという話や、廊下付近で白いドレスを着た女性と子供の霊が現れることが有り、訪れる人を驚かせている。
その昔、この客船だった頃に船にあるプールで子供が亡くなる事件があり、母親は子供を探し、子供は母親を探している霊だという噂がある。 詳細を見る
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不知沼(シラヌタの池)
第二次世界大戦の戦時中に日本兵3人が米軍捕虜16人を惨殺し池に沈められた。そして、その惨殺した日本兵3名も殺された米軍人の怨霊で池に引きずり込まれたと言われている。(一説では捕虜の命日に3人とも池に身を投げて自殺とも言われている)
夜な夜な不気味なうめき声が聞えてきたり、何処からか「おーい・・・」と呼ぶ声が聞こえてきたり、池に近寄った者は無数の手が現れ池の中に引きずり込まれてしまう事から、地元民も近寄らない呪われた池だという。
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佐倉城址公園 姥が池
その昔、姥が池の周りで家老の娘をおもりしていた姥が誤って娘を池に落としてしまった。娘はみるみると沈んでいってしまい溺死してしまった。
姥はその失態に嘆き自らも身を投げして自害したという話があり、夜になると池の周辺ではゆらゆらと揺らめく人魂の目撃や老婆のすすり泣く声が聞こえてくるという。 詳細を見る
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県立観音崎公園
灯台の周りを飛び回る人魂を見た、軍服を着た霊達が闊歩していた、公園内の公衆トイレには女性の霊が現れる、水難者の霊が出る、など話が多くある。
また、心霊現象の噂は公園の中だけではなく、公園周辺の道路にも及び見通しがよく曲がりくねった道路だが、道にも霊が現れて交通事故を起こすのだという。
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